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宇都宮地方裁判所足利支部 昭和54年(手ワ)25号の年(イ) 判決

原告 三基建設株式会社債権者委員会

右代表者委員長 木下利久

右訴訟代理人弁護士 大崎康博

右同 三戸岡耕二

被告 株式会社九葉鉄工

右代表者代表取締役 古沢三男

右訴訟代理人弁護士 安田有三

主文

一、本件訴を却下する。

二、訴訟費用は木下利久の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

1  被告は原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和五四年六月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、被告

1  本案前

主文と同旨の判決。

2  本案

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

一、請求原因

1  被告は別紙手形目録記載の約束手形一通(以下本件手形という)を振出し、原告は現にこれを所持している。なお、右手形には、受取人欄および第一裏書人欄にいずれも訴外三基建設株式会社(以下訴外三基建設という)、第二裏書人欄に原告の各記載がある。

2  原告は支払呈示期間内に右手形を支払場所に呈示して支払を求めたが、これを拒絶された。

3  よって、原告は振出人である被告に対し、右手形金二〇〇万円およびこれに対する満期の日から支払ずみまで年六分の割合による利息の支払を求める。

二、本案前の抗弁

(一)  当事者能力の不存在

被告は、訴外三基建設に対し合計三、六〇〇万円余の手形債権を有する最高額の債権者であるが、原告債権者委員会からは排除されており、仮に右委員会が存在するとしても、その実体は単に一部の債権者が集合しているにすぎないものであり、訴訟当事者能力はない。その具体的な主張は以下のとおりである。

1 原告は固有の財産を有しない。

原告は、訴外三基建設の倒産を処理するために訴外三基建設の財産の管理を委任されているにすぎない。原告主張の、原告は訴外三基建設の資産の譲渡を受けたという譲渡も、訴外三基建設の資産を原告の名において管理することにすぎず、右譲渡に関する訴外三基建設の取締役会、株主総会の決議もない。したがって、原告は、権利・義務の帰属主体ではなく、その名において訴外三基建設の財産を回収しても原告の財産になるものではなく、その管理する財産は訴外三基建設の総債権者のために保全されるものであり、総債権者の同意なく処分することもできない。

さらに、訴外三基建設に対する債権者は原告の活動資金である共益費を提供しておらず、原告はその固有の財産も有せず、また、財産の管理運営に関する定めもない。

2 原告の内部組織、その維持・運営、委員の選任・解任に関する定めがない。

原告の組織は、委員長である訴外木下利久(以下訴外木下という)を除いては委員の数およびその名称すら不明であり、原告の構成員たる委員および委員長の各選任・解任についての定めもなく、委員になりたいものは誰でもなることができ、やめたいと思えばいつでも辞任できるうえ、委員が出席しなくても原告の活動に無関係である。また、原告委員会の組織の維持・運営に関する定めも全く存在しない。なお、訴外木下は訴外三基建設に対する債権者でもなく、如何なる資格により本件倒産処理に関与し、どの構成員およびどのような手続により選任されたかも不明である。

3 原告は独立の法的主体性を有しない。

原告は、原告に委任状を交付した債権者らの倒産処理業務処理機関にすぎず、右債権者らのために訴外三基建設の財産を管理しているに止まり、また、委任状を交付していない債権者との倒産処理に関しては何らの法的意味を有していない。

そして、前述1および2記載の内容の原告に対し、仮に本案判決がなされても既判力あるいは執行力の主観的範囲が判断できず、一事不再理の原則もまた執行手続における争いも審理できず、結局、原告は訴訟制度において何らの意味も有しない。

(二)  当事者適格の不存在

本件訴訟において法律関係の争いの実体は、訴外三基建設と被告との両者間にある。原告の内容、訴外三基建設と被告を含む債権者との関係は前述のとおりであるから、本件訴訟においては訴外三基建設が当事者として訴訟を追行すべきであって、原告には当事者適格がない。

三、本案に対する答弁並びに抗弁(仮に本案前の抗弁に理由がないとき)

(一)  請求原因に対する認否

1および2の各事実を認める。

(二)  抗弁

1 信託法違反

訴外三基建設から原告への裏書譲渡は単なる取立委任にすぎず、しかも訴訟行為を為さしむることを主たる目的としてなしたもので、信託法一一条に違反する無効な裏書であり、したがって、原告は本件手形につき無権利者である。本案前の抗弁において主張したとおり、原告は、倒産した訴外三基建設の資産管理を目的とし、原告と訴外三基建設との間には本件手形を裏書譲渡すべき原因関係はない。

2 原因関係の不存在

訴外三基建設と被告との間には本件手形を交付すべき原因関係は存在しない。訴外三基建設から原告への裏書は取立委任に外ならないので、被告の本抗弁は当然原告にも主張できるものであるが、仮にそうでないとしても、原告代表者訴外木下利久は右不存在を知って裏書譲渡を受けた。

3 強迫による取消

被告は、原告代表者訴外木下利久および受取人訴外三基建設の代表者訴外長嶋明行の両名に喝取されて振出交付したものであるから、昭和五四年五月二一日原告および訴外三基建設に到達した内容証明郵便において、予備的に本件口頭弁論期日(昭和五六年七月一四日の本件口頭弁論期日)において右振出を取消した。原告への裏書は取立委任に外ならないので、本抗弁も原告に対しても主張できるものであるが、仮にそうでないとしても、原告代表者訴外木下利久は右喝取の事実を知って本件手形を譲受けたものである。

4 相殺

本件手形上の実質上の権利は前述のとおり訴外三基建設に属するところ、被告は右訴外三基建設に対して合計金三、六二一万〇、一八二円の約束手形債権を有する。そこで被告は本訴の前記口頭弁論期日において右債権のうち最も満期の早い左記の手形の手形金額金五〇〇万円の債権をもって、原告の本訴債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。

金額 金五〇〇万円

満期 昭和五四年二月二八日

支払地 川越市

振出地 狭山市

支払場所 株式会社埼玉銀行霞ヶ関支店

振出日 昭和五三年一〇月二〇日

振出人 三基建設株式会社

受取人 被告

四、本案前の抗弁に対する反論

(一)  当事者能力の不存在

原告には当事者能力がある。すなわち、訴外三基建設は昭和五四年二月二八日倒産したが、同会社に対する債権者の有志の提案により、同年三月二四日東府都豊島区の同区民センターにおいて債権者集会が開催され、債権者七八名が出席し、協議の結果出席した債権者の全員一致をもって債権者委員六名を選任し、右委員によって債権者委員会(原告)を結成し、右委員会をもって債務者会社の財産を管理し、営業の再建整備を図り、債務者の財産の保全回収を計り、債権者の債権確保に当らせることが決議され、原告が結成された。そして個々の債権者と原告とは委任関係にあるものである。なお、昭和五四年九月一七日現在、原告への委任状を出した債権者は一二一社、債権総額は無担保債権総額の四分の三以上である。

そして、原告は昭和五四年三月二四日第一回会議を開催し、委員長、副委員長を互選により選任し、委員会の議決方法は出席委員の過半数を以てなす、事務所および事務局は訴外三基建設に置くことを決議した。なお、委員長の選任は、委員の互選により選任するとの委員会の決議に基づき選任されたものであり、委員長は原告の代表である。

その後、同年四月三日原告は第二回会議において、訴外三基建設の全財産を管理するため、全財産を同会社から譲受けること、営業、人事、金銭の一切の管理を原告に委任することおよび詐害行為により奪取ないし喝取された財産を取戻すことを各決議した。右決議に基づき、原告は、同年四月一四日訴外三基建設の全財産を譲受ける契約を同会社との間で締結したのをはじめ、同会社の財産回収の準備等も始めた。

以上のとおり、原告は、個々の委員とは別個独立の目的を有し、個々の委員の変更にかかわらず同一性を保って存続し社団性を有し、団体としての組織体を備え、議決方法は多数決によることが議事録に明記され、実行されているので、いわゆる権利能力なき社団であり、したがって、当事者能力を有する。

(二)  当事者適格の不存在

原告は、訴外三基建設に対する債権者の債権確保の方法として債権者のために同会社から本件約束手形上の権利を取得したものであるから、被告の右主張には理由がない。

五、抗弁に対する認否

1  信託法違反

信託法一一条が訴訟信託を禁止する趣旨は、何ら実質の債権を有しない者が単に債権取立ひいては訴訟追行のため信託を受けてはならないことにある。原告は訴外三基建設に対する債権者の債権確保のため同社から債権を含む財産の譲渡を受けたものであり、訴訟を目的としたものではなく、被告の主張は失当である。

2  その他の抗弁

原因関係の不存在および相殺の各抗弁は争い、喝取の抗弁事実は否認する。すなわち、被告は、訴外三基建設から買った鋼材の代金支払のため本件手形を振出したものであり、また平穏な話合いの結果本件手形が振出されたものである。また、本件手形債権は原告に属するものである。

第三、証拠《省略》

理由

一、原告の発足経過

《証拠省略》を総合すれば、以下の各事実が認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。

1  訴外三基建設は昭和五四年二月二八日手形の不渡りを出して事実上倒産した。

2  その後、同会社に対する一五名の債権者が集まり同月四日第一回債権者準備委員会を開催し、債権者会議開催までの間、同会社の帳簿の整理、債権確保、債権者名簿の作成および資産等の確保・管理の為に債権者準備委員会(仮称)を結成し、委員として八名の債権者を選任した。

3  同月六日第二回債権者準備委員会が開かれ、五名の委員が出席した。なお、この会の議事録には、出席委員としてではないが、訴外株式会社ルミアの代表者訴外木下も特別参加した旨の記載がある。この会では債権者会議開催の為の準備等につき検討したうえ、準備委員会の名を債権者世話人会と称することを申し合わせ、債権者会議開催までの暫定的な事務取扱を行うことを約した。

4  その後、同月一二日付をもって債権者世話人会(世話人の数は被告、訴外株式会社ルミアを含む九名)の名をもって債権者会議の案内が各債権者に出されたが、その案内書には、「……債権者世話人会を設け、同会社の現在における全資産の管理及び整理に関する一切の権限を授権されて委任を受けました。以後私共は債権者各位のお指図ある迄は、同会社の財産状態を現状の儘に維持保管する所存です。」との記載がある。

5  同月二四日第一回債権者会議が債権者七八名出席のうえ開催され、協議の結果、とりあえず世話人会が会社の現有資産及びすべての権限を会社から譲渡してもらい、この資産は全債権者(無担保債権者)の共同担保として考えあくまで債権の公平な分配を図る、そのために会社再建の作業をするとの結論に達し、再建作業を迅速に行い公平な債務の弁済がなされることを目的として、世話人会のメンバーがそのまま委員となって原告委員会が結成された。そして、債権者委員会で委員長等を選出することも予定された。なお、訴外会社を再建させる方針といっても破産ということもありうる訳で、色々の方針を決めていくことも目的とされた。

6  なお、委員長の解釈では、委員会を構成する委員の資格の得喪につき、なりたい者があれば委員会で承認すればなれるものであり、辞めたい者は自由意思で辞めることができ、委員を辞めさせたい場合の方法も決まってはいないが、委員会の意思決定に従うことになり、また、構成員のある者に差支えがあっても、委員会は再建のための任意整理を続けることができるものである。

7  その後、同年九月一七日現在、無担保債権者一二一社、同債権総額の四分の三の債権者から原告委員会に対し、訴外三基建設に対して有する債権の保全及び処理に関する一切の権利を同社の債権者委員会に委任する旨の委任状が提出されている(なお、被告からは出されていない)。

二、原告の活動

《証拠省略》によれば、以下の各事実が認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。

1  昭和五四年三月二四日第一回債権者委員会が委員六名集まったうえで開催され、その席で委員長に訴外株式会社ルミア(代表者訴外木下)、他に副委員長二名が各選出され、事務所及び事務局を訴外三基建設の事務所に置く、委員会の決済方法は出席者の過半数をもって議決することが決められた(なお、右六名の中には被告は入っていない)。

2  同年四月三日開催された第二回債権者委員会では、前回出席の六名の他に世話人の三名のものが同委員会で就任の承諾をえて加わり、訴外三基建設の印鑑、重要文書を委員会が保管し、同会社の全財産を委員会に譲渡し、営業、人事、金銭の一切の管理も委員会に委任することが決まり、詐害行為的に奪取等された財産の取戻し、債権確認書の提出等委員会の活動内容を確認し、整理の経過を委員長名をもって全債権者に送付することを決めた。

3  同月一四日付をもって世話人会のメンバーの一人である訴外株式会社和泉電設から原告委員長に対し、すでに世話人会が訴外三基建設から譲受けていた財産を再度原告に対し譲渡する旨の書類が作成された。その添付書類には、訴外会社の取締役社長長嶋明行から世話人会会長訴外和泉電設取締役社長羽鳥廣次に対し、同年三月六日付をもって、訴外三基建設の不動産、機械、備品等目録記載の一切を譲渡し、金銭、人事、営業等すべての管理を承諾する旨の譲渡承諾書が付せられている(ただし、右目録には実際には、不動産や流動資産は一切掲げられていない)。

4  原告は、詐害的行為により奪取された訴外会社の財産回収のため通告書を発信する等、債権回収の準備にとりかかっている。

三、原告の権限

《証拠省略》によれば、以下の各事実が認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。

1  原告において訴外三基建設から譲受けた資産は、全債権者の共同担保であり、原告は勝手に処分することはできない。

2  訴外サンエイ食品株式会社が訴外三基建設に月々支払っている建物の賃料は原告においてこれを管理しているが、原告は訴外三基建設の全債権者のために保全している。

3  被告振出の本件手形は、訴外三基建設から原告に裏書された後、さらに訴外藤谷タヅ子に裏書され金二〇〇万円に換金されたが、原告委員長はこれを訴外三基建設が負っていた遅延分の労働債務、会社建物の維持費等に充てて支払った。

4  原告が回収した訴外三基建設の財産は、全債権者に平等に分配することになり、現実にはまだ配当の段階まで進んだものは存在しないが、原告に委任状を提出したか否かには無関係に分配金は平等に配分するはずである。

5  ちなみに、原告に委任状を出した債権者は原告の活動に当っての共益費は一切出していない。

四、原告の性格

以上認定の各事実によれば、原告の性格は以下のものと考えられる。

1  原告の前身である準備委員会および世話人会は、あくまで債権者会議が開かれるまでの間暫定的に訴外三基建設の資産の確保・管理を行うことを目的とした。

2  第一回債権者会議で結成された原告は、訴外三基建設の再建作業を行い公平な債務の弁済がなされることを目的として、この目的が達せられるまでの多少は継続的なものとして発足した。

3  しかし、この債権者会議でも、原告が同会社から譲受けた資産は、あくまで無担保の全債権者の共同担保として考えられ、原告は勝手に処分はできないとされた。これは、同会社の資産はとりもなおさず原告のものではないと解さざるをえないことになる。したがって、原告は、形式上、債権者世話人会から更に訴外三基建設の資産を「譲渡」されたことになっているが、世話人会への同会社の譲渡が会社法上の譲渡の要件を具備していたか否かを別にしても、法律上の譲渡ではないと考えざるをえない。さらに、原告名をもって回収された財産も、委任状を提出したか否かを問わず全債権者に平等に分配され、また、原告の活動内容は委員長名をもって全債権者に送付する予定であるということである。このように考えると、原告の組織の基礎となる構成員は、六名ないし九名の委員であるのか、元々委任状を提出した多数の債権者であるのか、或いはもっと全無担保債権者であるのか、必ずしも明確とはいえないことになる。さらに、原告は、同会社から資産を譲受けた訳でもなく、その名で回収した財産も原告には帰属しないとすれば、結局原告は権利・義務の帰属主体とはいえず、あくまで、原告の前身の準備委員会ないし世話人会のメンバーが任意に集まり、同会社の資産の確保・管理を目的としたと同様に、単なる同会社の倒産事務を処理するため、今度は委任状を出した各債権者から委任されて同会社の財産の管理をしているにすぎないと解さざるをえない。本件訴訟の目的となった本件手形でさえ、原告はこれを換金したうえ訴外三基建設の債務に充当しており、その手形金の帰属は同会社であって原告ではない。

五、原告の当事者能力

以上によれば、原告は、権利・義務の主体ではなく、単に訴外三基建設の財産を管理しているものにすぎないうえ、前述のようにその実質的な構成員はもちろん委員長の解釈によってもその形式的な構成員ですら必ずしも明確ではないものであって、このような原告を、個々の構成員たる委員の個性を離れた一個の社会的単位としての団体的組織体と認めることはとうてい不可能である。したがって、民訴法四六条にいう権利能力なき社団としての他の要件(最判昭和三九年一〇月一五日参照)を詳細に検討するまでもなく(例えば、構成員たる委員の資格得喪についての定めが全く存在せず、委員長の選任・解任の方法も、代表の方法も不明であり、委員会の組織の維持・運営についても定めがないばかりか、委員会固有の財産はないということであるが、財産の管理についても全く何らの定めもない。これらの点からも原告は、権利能力なき社団といえるまでの実態を具備しているか大いに疑問のあるところである)、原告は、民訴法上の当事者能力を持たないことになる。

以上によれば、原告の本案前の抗弁につきその余を判断するまでもなく原告には訴訟当事者能力が認められないことになり、本訴請求は不適法であるのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九九条を適用(九九条は準用)して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本孝子)

〈以下省略〉

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